マヤ文明世界遺産研究部門 - 研究部門の目標
- 次世代型のマヤ考古学調査研究法の開拓
- 文理医融合の調査研究アプローチを実践する世界的研究拠点の創成
- 融合研究成果の社会還元、社会実装、各分野におけるSDGs達成への貢献
研究部門の概要と研究内容
マヤ文明と次世代考古学
マヤ文明は、紀元前1,000年頃からスペイン人によって征服される16世紀まで、約2,500年にわたり、メキシコの南部からホンジュラス、エル・サルバドルの西部にかけての地域に栄えた古代文明である。マヤ文明に関しては、日本ではその名前を知られている程度であるが、欧米社会の状況は全く異なる。マヤ文明研究の専攻は、アメリカでは考古学/古代文明研究の花形分野であり、ヨーロッパでもその知名度が高く、現在では様々な国で調査研究が行われている。
伝統的なマヤ文明研究においては、3~9世紀にあたる「古典期」と呼ばれる文明の最盛期に、各地の古代都市遺跡に見られる共通のエリート層の物質文化要素をもって「マヤ」文明を定義していたが(Schortman and Nakamura 1991)、近年のアリゾナ大学の猪俣健ら日本人マヤ研究者のセイバルやアグアダ・フェニックスにおける調査成果は、「マヤ」そのものの起源と概念に関して再考を迫っている(Inomata et al.2020)。
マヤ地域における人間居住の起源は、今のところ、紀元前1,600~1,800年頃のグアテマラ太平洋岸初期村落が最古のものである。後世につながるマヤ文明の萌芽は、上述した猪俣らの調査によれば紀元前1,000年前後に見られ、神殿ピラミッド建築、初期のマヤ文字の出現、「王」と考えられる支配者の出現等は、紀元前4~5世紀と考えられている。
従来のマヤ文明研究においては、こういったマヤ文明の社会・文化を研究するために、考古学を基本とし、碑文解読、エスノヒストリー、図像学、言語学等の学問分野と協働するconjunctive approachと呼ばれる学際的な研究方法がとられて来た(Fash and Sharer 1991)。しかしながら、これらはすべて従来の「人文・社会科学」の枠組みの中での協働であった。これに対して、公立小松大学が目指す次世代マヤ考古学とは、従来人文社会系の学問と考えられていた考古学の概念を打ち破り、近年、革新的な進展を遂げている生命科学、宇宙線物理学といった医系・理系の学問との真の文理医融合研究によって、マヤ考古学における新たな調査研究法を開拓し、その適用により従来の方法論では考えられなかった革新的な研究成果を生み出そうとするものである。またそれと同時に、文化資源学の手法を用いて、研究成果の社会還元・社会実装を目指しSDGsの達成に貢献しようとするものである。
次世代マヤ考古学には、それを担っていく若手研究者の育成が必要不可欠である。本研究センターでは、マヤ考古学における次世代の融合研究を担っていく人材を配置し、国内外の研究センターとの連携と頭脳循環をはかりながら若手研究者の人材育成に積極的に取り組んでいく計画である。
(参考論文)
Inomata et al. 2020 Nature Vol.582
Fash and Sharer 1991 Latin American Antiquity Vol.2(2)
Schortman and Nakamura 1991 Latin American Antiquity Vol.2(3)
研究事例
(1) パレオゲノミクスと次世代考古学
センター長の中村誠一が研究代表者を務める科研費基盤研究(S)「パレオゲノミクスによるマヤ文明コパン王朝のダイナミクス解明」により、コパン遺跡で考古学と生命科学の融合研究を発展させる。出土状況、出土地点の明確なコパン出土の250体を超える古人骨にティカル遺跡、カミナルフユ遺跡、コパンの周縁地域の諸遺跡から出土した人骨サンプルを加え、それらのゲノム解析により、王朝の起源・発展・衰退プロセス、コパン王家の構成員の親族関係や他のマヤ都市の王族との血縁関係、支配者層と一般居住民の間の遺伝的な起源などを明らかにしていく。公立小松大学と金沢大学、ダブリン大学(アイルランド)、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所との国際共同研究である。
(2) 宇宙線物理学と次世代考古学
センター長の中村誠一と名古屋大学の森島邦博准教授率いるチームが、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所と実施中の国際共同研究を軸に、これをグアテマラのティカル遺跡に広げていく。ミューオン粒子の物質貫通力を利用した石造構造物の内部透視により、コパン、ティカルで従来のトンネル発掘法に頼らない非破壊的考古学調査法を開拓し、未知の王墓空間を発見し最先端の三次元計測で構築する3Dモデルの中でその位置を同定する研究を展開する。コパンでは、神殿7,神殿8,神殿11の、ティカルでは神殿4,北のアクロポリスの神殿22,神殿35のミューオン透視を行い、未知の王墓空間を世界に先駆けて発見・同定し、発掘調査によりその全貌を解明することを目指す。
(3) 三次元計測科学と次世代考古学
三次元考古学は、次世代の調査研究において、すべての基盤となる分野であると我々は考えている。野口淳(特任准教授)、小川雅洋(特任助教)を中心に、LiDARやドローンを使った地上計測・航空計測を組み合わせ、コパン、ティカルで精細なマルチスケール三次元計測を実施し、フォトグラメトリーも活用しつつ中心から周辺までのマルチスケール3Dモデルを構築し世界で初めて一般公開する。さらに、その成果を社会実装し、気候変動の文化遺産への影響評価、熱帯雨林の保護管理、地球温暖化に伴う異常気象が引き起こす河川の突発的な氾濫防止計画の策定等、地球規模の課題の解決に向けて活用しSDGsの達成に貢献する。また、文化庁とも連携して、文化遺産の三次元計測技術をオンラインおよび対面の研修を通して、ラテンアメリカ各国に広げていく我が国の文化遺産保護国際協力の一翼を担う。
一方、野口は飛騨市への支援プロジェクトにおいて、文化財を通した地方創生・地域貢献にも取り組んでおり、小松の石文化研究(日本遺産)部門にも協力して小松市の地域創生にも取り組む。
(4) 文化資源学と次世代考古学
センター長の中村誠一と村野正景(静岡大学准教授 / 本センター特任准教授)、小川雅洋(特任助教)を中心にJICAと連携して、研究成果の社会還元・社会実装を進め、公立小松大学大学院のSDGs教育の高度化に繋げるとともに、文化資源学的観点から文化遺産国際協力に積極的に参加し我が国が行う国際貢献の一翼を担う。 村野は、学校に収蔵されている考古資料を展示する学校博物館について長年研究しており、地域創生・地域貢献を目指す小松の石文化(日本遺産)研究部門にも協力する。
マヤ文明世界遺産研究部門の構成員
*2023年5月14日現在
中村 誠一
- Nakamura Seiichi -
特別招聘教授(専任)、センター長
大学院サステイナブルシステム科学研究科
/ 次世代考古学研究センター
マヤ考古学・文化資源学
村野 正景
- Murano Masakage -
特任准教授
静岡大学情報学部准教授
パブリック考古学・博物館学・メソアメリカ考古学
野口 淳
- Noguchi Atsushi -
特任准教授
次世代考古学研究センター
日本考古学協会理事・日本情報考古学会理事
3D計測・南アジア考古学・旧石器考古学
小川 雅洋
- Ogawa Masahiro -
特任助教(専任)
大学院サステイナブルシステム科学研究科
/ 次世代考古学研究センター
マヤ考古学・文化資源学
客員研究員
五木田 まきは
- Gokita Makiha -
客員研究員
東京藝術大学大学美術館 学芸研究員
博物館学、マヤ考古学、文化資源学
研究協力者
市川 彰
- Ichikawa Akira -
金沢大学准教授
メソアメリカ考古学
鈴木 真太郎
- Suzuki Shintaro -
岡山大学教授
古代マヤ・骨考古学・移民動態・自然人類学・考古人骨研究
森島 邦博
- Morishima Kunihiro -
名古屋大学准教授
宇宙線イメージング・ミューオン・原子核乾板
北川 暢子
- Kitagawa Nobuko -
名古屋大学特任助教
飛跡検出器・宇宙線イメージング・ニュートリノ・原子核乾板
覺張 隆史
- Gakuhari Takashi -
金沢大学助教
考古分子生物学、文化財科学、動物考古学、馬学
中込 滋樹
- Nakagome Shigeki -
ダブリン大学トリニティカレッジ 助教(アイルランド)
考古ゲノム学・人類学